医者が大学を辞めるとき

  • ページ数 : 220頁
  • 書籍発行日 : 2012年6月
  • 電子版発売日 : 2013年1月1日
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商品情報

内容

大学病院で神経内科医としてのキャリアを重ねながら、医療システムの問題点を指摘し続けてきた著者。そのエッセイ集・第3弾。前作『医者を続けるということ』の刊行から1年余り.この間にわが国を見舞った,かの3.11東日本大震災と今もなお終息の糸口すら見えない原発事故を契機に、考える医師は何を思いどんな決断を下したのか。相変わらず様々な問題を抱えたままの医療界にあって,医師として生き残るためのヒントを提示する1冊.

関連書
医者になってどうする!
医者を続けるということ

序文

振り返ってみると、私は五年間程度、こうしたエッセイを執筆し続けていることになる。

最初は、医療の問題点を現場から送り届ける意気込みで書いていた。医療者には明日の診療に向かわせる活力を、患者には医療の現実を伝えるとともに病気を乗り越えていくための元気を、一般国民には将来訪れるであろう医療保険の崩壊の予兆を、そして、政治や行政には社会保障や医療をないがしろにしてきた副作用について語ってきた。

私が、毒にも薬にもならない文学研究のような仕事に就いたのならば、純文学に陶酔し、黙って間違いなく適性を発揮させていたであろう。しかし、幸か不幸か、そのような仕事に就かず、こともあろうか医師などという他人の不運で飯を食う仕事に就き、なおかつ、論述法などというものを身に付けてしまったものだから、日本の医療システムに〝もの申す〟ことになってしまった。

なまじ、適正でない分野で本来の適性を開花させた場合には、世間にとって「面倒くさい奴が現れた」ということになる。

組織構成員が過度に標準化・規格化しないように、ときどき異質な人間を混入させておくということは、現場では重要なことである。皆と違う視点から、皆と違う射程で物事を捉え、皆と違う基準で良否を判断するような人間が、どんな組織にも一定数いないとまずい。

そんな驕った考えを持ちつつ異質な執筆を重ねてきたが、気が付くと私は、自らの原動力のために文章を書くようになっていた。それは、極論を言えば、「努力を重ねて、世の中に偉大な足跡を残す生き方を目指すのか」、あるいは、「医療を生業として、のんびりと大過なく過ごしていくのか」ということへの、自分との葛藤であった。

しかし、最近では、「オレってこんなことを考えていたのか」というような論調も感じるようになってきた。

実は書いていると、その時の気分や体調や機嫌によって、普段思っていることの真逆の内容を書いてしまうことがある。

たとえば、医師としてやっていくには、「積極的に行動し、学会でも自説を説き、まわりを論破するくらいの気概を持って主張していかなければダメだ」と言った舌の根も乾かぬうちに、「論述は控えめにして、マイルドに目立たぬように立ち振る舞うことで、周りと協調していくことの方が大切だ」などと述べてしまう。

そういう意味では、私の主張は首尾一貫していない。しかし、医師の成長を考えた場合に、二つの選択肢の中、あるいは二つの反目する事象の中で、それらと葛藤して物事を学んでいくことは、間違いではないような気がする。矛盾と向き合うことによって、医師は磨かれるように思う。

脳死移植医療では、移植を受ける側での「できるだけ生きた臓器が欲しい」という希望と、提供側の「生きた臓器は取り出せない」という現実との間に摩擦がある。

政府は、成長戦略のひとつに〝医療〟を掲げているが、その政府が医療費を抑制し、医療の市場規模を抑えようとしているという背反がある。

だから、死のラインを何処に引くかが議論されているし、医師を増やすことだけで医療問題を解決しようとしている。

そんな状況の中で医師たちは、「反目する要求を軋轢なく解決する方法はひとつしかない」ということを徐々に悟る。

それは、「矛盾したままの医療を提供する」ということである。「矛盾は矛盾として捉え、深遠な洞察力と柔軟な対応力とで、医師として成長する」ということである。

以前の著書でも述べてきたことだが、私は大学病院に勤めるただの勤務医である。名医ではないが、けっしてヤブでもない。スーパー・ドクターではないが、けっしてマッド・ドクターでもない。

大学病院では週に二日の外来診療をこなし、一日は近隣の病院に神経内科医として診察の手伝いに行く。指導的な立場で入院患者の診療に携わり、医学生には講義を行ったり、一般市民には神経難病に関する講演を行ったりしている。余暇時間には、医学研究や論文の執筆も手がけてきた。

しかし、最近の二、三年間は、仕事をそぎ落として医療エッセイの執筆に力を傾けている。現場の声を届けることに心骨を注いでいる。それは、本来の医学研究とは一線を画する行動であった。

結果として、何かを伝えられたのか、あるいは何も伝えられなかったのかはわからない。発行部数という尺度から考えれば、伝えきったとは思わない。

私自身もまだまだ未熟な人間であり、優しく柔和な医師とは程遠い。ときどき、患者に「現実から逃げないで、きちんと病気と向き合ってください」などと言ってしまう。彼らからしてみれば、「医者は、なぜあのような冷たいことを言い放つのだろう」と感じているはずだ。

だから、私は、せめて医師の考えを率直に伝える。

患者と医師とは、対極に存在するものではない。同一線上に存在するものである。ただ、私のように矛盾を超えられない医師は、しばしば口ごもり、言葉に詰まる。それを悟られないようにする態度が、一般の人からみれば冷酷・冷淡に見えるのである。

医療者は、一旦正直になることである。

謙虚に反省するにしても、虚心に耳を傾けるにしても、潔く非を認めるにしても、もの分かりよく受け入れるにしても、真実を穿つにしても、問題点を取り上げるにしても、重箱の隅を突くにしても、あれこれ注文をつけるにしても、苦言を呈するにしても、「矛盾したままの医療を提供している」という医師としての矛盾を、素直に伝えることである。

本書は四章で構成されている。第一、第二章は、それぞれ「医療現場」と「大学」との勤務を通じて感じてきたことを述べる。「現場」へは、相変わらず医療のジレンマについて語ってしまうことになりそうだが、「大学」に関しては、私の心情について、かなり深いところまで打ち明けるつもりだ。

第三章では、生きるうえでの、特に〝死生観〟について述べる。今年は、想定を遙かに超えた東日本大震災によって多くの人命が奪われた。今一度、〝命〟とは、〝生きて死ぬ〟とはどういうことなのかを掘り下げたい。

最終章では、私の最近の興味について報告したい。山と映画と音楽とによって、私の医療生活は支えられてきた。その想いを、私なりの視点で述べる。さらにこの時期だからこそ、再度、震災時の心情とその後の行動とを総括して述べたい。

さまざまな変遷を経た独りの大学病院勤務医師が何を考えてきたのか、沿革の訪れを感じている私が何をしようとしているのか、そういう思いを伝える。

また、本書の内容の一部は、インターネット・メディア『日経メディカル・オンライン』(//medical.nikkeibp.co.jp/)に掲載された論述も含まれている。若干の加筆と訂正を加えているが、オリジナル原稿の出典を項の末尾に紹介しておく。

目次

はじめに

第一章 医療現場で考えたこと

女医嫌いの女医

血液型で解決を図る医療現場

電子カルテで顕在化する医療者たちのコミュニケーション不良

医局長なんか大切にしなくていいよ!

医療の正解を求めて

第二章 大学で考えたこと

論文採点から読み解く医学生の実態

"医学教育"再考論

何をおいても医師不足?

研究から得たもの

医師として生き残るために

第三章 人生で考えたこと

今さらながらの死生観

"独・生死"を考える

希望を与えられない医師

医述者として論ずる

第四章 生活で考えたこと

山が教えてくれたこと

映画が教えてくれたこと

音楽が教えてくれたこと

東日本大震災が私に伝えたこと

原子力からの希望


おわりに

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書籍情報

  • ISBN:9784498109025
  • ページ数:220頁
  • 書籍発行日:2012年6月
  • 電子版発売日:2013年1月1日
  • 判:B6判
  • 種別:eBook版 → 詳細はこちら
  • 同時利用可能端末数:3

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