はじめに

2012年の厚生労働科学研究では、わが国の認知症高齢者は462万人と報告されました。したがって、現在はすでに500万人を超えていると予想されます。そして、団塊の世代が75歳以上になる2025年には720万人に達すると推計されています。この認知症患者の急増に対して、厚生労働省は、認知症の人の意思が尊重され、できる限り住み慣れた地域のよい環境で自分らしく暮らし続けることができる社会の実現を目指し、2015年1月、「新オレンジプラン」を策定しました。

本書の初版である『BPSD症例から学ぶ治療戦略』を発刊して5年近くが経過しました。この間に、認知症の診断、治療、ケアに関するいろいろな知識の蓄積や施策の変更がありました。これらにより、初版の内容の一部に不具合が生じてきたため、改訂を行いました。また、書籍名も初版よりわかりやすいように、『認知症 症例から学ぶ治療戦略－BPSDへの対応を中心に－』に変更しました。新オレンジプランが目標としている、住み慣れたなじみの環境でその人らしく生活することのために、この書籍が少しでもお役に立てればと願うところです。

さて、初版で推薦の辞をいただいた室伏君士先生が今年の2月5日にご逝去されました。室伏先生は、1977年に開設された国立療養所菊池病院の初代院長として就任されました。先生は、開設当初から、近い将来必ず大きな社会問題になると考えられる老年期認知症患者への精神科医療と看護を先駆けて築くべく、高齢者病棟を設けられました。この未開拓な領域の診療において、精度ある診断や的確な薬物療法はもとより、特に認知症の障害を持った高齢者を支援するメンタルケアの開発を心がけられました。1979-1985年厚生省神経疾患研究「老年期脳障害の発症機序・臨床・治療に関する研究」、1986-1987年厚生科学研究「痴呆性老人の処遇改善に関する研究」、1988-1989年厚生科学研究「痴呆疾患患者のケア及びケア・システムに関する研究」などの班長として研究を統括してこられました。これらの研究により、わが国で初めて認知症ケアの定義と理念を明確化し、「痴呆の人の心の向き（態度）を知り、それに沿った生き方を援助していく」として「なじみの人間関係」を背景にした「理にかなったケア」を提唱されました。現在、様々な認知症のケアが提唱されていますが、そのほとんどが「理にかなったケア」に基づいていると考えられます。おそらく、Kitwoodも室伏先生の理念を展開して、「パーソン・センタード・ケア」に至ったのだと思います。したがって、室伏先生は、認知症ケアの祖といえるでしょう。

室伏君士先生、ありがとうございました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

2017年2月

木村 武実