老いを内包する膝―早期診断と早期治療

  • ページ数 : 191頁
  • 書籍発行日 : 2010年5月
  • 電子版発売日 : 2014年5月16日
¥6,050(税込)
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商品情報

内容

変形性膝関節症の早期診断・早期治療を目指して!

高齢化社会に入り年々増加する「変形性膝関節症」で、その9割を占め、そして多種多彩な手段を持つ保存的治療を中心に、予防的側面を含めた早期診断・早期治療のコンセプトのもと、論文がまとめられています。
わかりやすい!決定版!

序文

口 上


一幕だけを見る立見席の券を買って歌舞伎座の 4 階まで上がり,扉を押して中へ入った途端,異次元の世界が展開していた.階下の舞台では過去の時間が濃くうずくまり,至芸でもって奏でられた下座音楽から発せられた振動波が,耳小骨で増幅されて,縄跳びのロープの一端を波打たせて伝わる波のように蝸牛の基底膜を走り抜けた.

舞台では,凍て付くような青味を帯びた月影が,斜め上から一人の老婆に生を与え,婆は無我の幽暗で舞っていた.意味のある振りと意味のない動きが,影を伴って冷気漂う芒の原に浮かび上がる.光の綾の中で,影を背負って鬼を潜めた老婆が嬉々として舞い続け,長唄,和楽器が息を詰めた後に,堰を切ったように動きと和合する.仏心を表現する緩慢な動作で見せる静と,それに抗うように激しい錯乱の中で垣間見せる動としての狂気が,松と老女の陰影として交錯する.静寂の中に動きがあり,動きの中に間という静止した時間が互いにもつれ合いながら止揚される.瞬時の間を待ちかねたように,拍手と掛声がどっと起こって場内の雰囲気が一変した.老婆から変化(へんげ)した鬼女は,凄味が身体に具現化していった.鬼女が舞台からさっと後ろに向きに倒れて消え去ったと思った瞬間,場内の騒騒を深く吸い込むように照明が消えて闇となった.猿之助演ずる舞踊劇「黒塚」である.

「黒塚」では,憤激の心を収めて安穏な精神に昇華しようとする老いた女に,観客は己の内面を投影する.柔和と険相という両面(ふたおもて)が翻然と顔を出し,人の本性に迫る.心の在り方と同じく,老いを内包した膝は,苦しみながら,内在する老若という両面を克服しようとしていた.老女は,組み込まれた老いに抗うように,爪先にて心持ち身体を持ち上げて腰に自由度を与え,天翔(あまが)ける膝で床を踏んでいたのである.

天翔ける心で時間を逆行すれば,源平が賭けた生死を封じた壇ノ浦を見据える足立山に着地する.足立山は語る.769 年,宇佐八幡宮における神託事件で孝謙天皇の逆鱗に触れた和気清麻呂が,宇佐へ配流された折,道鏡一派の襲撃を受けた.猪によって救われ,山麓の霊泉に浴したことで足の傷を治した清麻呂の縁から称されたのが,山の名の所以であると.黙してさらに山の声を聞けば,足が立ったのは清麻呂の使命感だけではなく,歩みは遺伝的にプログラムされているとの教示を賜る.

足立山の前に広がる関門海峡を見遣ると,人智を打ち砕き歴史を押し流した静謐な海が島を縫うように広がり,祖先から受け継いできた営みが脳の蒼茫たる海の中で広がる.時代は 5 億年前の海に遡る.歩行の協調を司る制御回路である中枢パターン発生器は脊髄に存在し,海中生物に元を辿ることができる.棘皮動物の管足は水中を移動する足であった.干上がった陸地で地面を叩く力学的刺激を通して,魚類の鰭の軟骨が骨となり陸上での足が作られてきた.四足歩行に膝が出現し,約 400 万年前に二足で歩き始めた.

15~20 万年前に誕生したホモ・サピエンスが,10 万年前にアフリカを出て世界各地に進出し,我々の祖先もよく歩いて,やがて日本列島に辿り着いた.

このように祖先樣の膝は,歩行の要として重要な役を担ってきたのである.徒歩の旅の意の膝栗毛を使った十返舎一九の「東海道中膝栗毛」で代表されるように,江戸,明治時代の人は老人も含めよく歩いた.

交通手段の発達で,人が余り歩かなくなったのは高高 100 年にもならない.一年の足跡というように強い影響を持つ情報は,足で歩く行動に関連し脳を賦活する.マイカー通勤者は歩数に換算すれば,小学生に比べて 15%程度しか歩いていない.便利を得ると何かが失われる.便利な時代が続いて,膝に係わる情報の質と量が供に減少し,膝を制御する神経筋の機能は潜在的な影響を被ってきた.膝に要求される力学的要請の急激な低下が,一方では膝機能の劣化に結び付いている.

しかし,より大きな要因が膝機能に根本的な影響を及ぼし始めている.それは過去に類のない長命を保っている社会である.2008 年の時点で,平均寿命は男性 79.29 歳,女性 86.05 歳,65 歳以上の人口比率は 20%を超して,すでに高齢社会にある.ちなみに 1947(昭和 22)年に置き換えると,男性 50.06 歳,女性 53.96歳,65 歳以上の人口比率は 5%である.このような長寿と人口構成を反映して,変形性膝関節症は年々増加の一方を示している.

老若は通底する概念で万人共通である.しかしながら,放浪記を演じ切れる森光子さんを見ていると,膝に内包される老いの発現には個人差が存在することに改めて驚かされる.症状が顕在化して初めて変形性膝関節症という診断名が下される.患者という異称が冠せられ,健常膝と区別され分類されると,向き合う医療従事者はその膝に対して等閑視できなくなる,適切な診断と治療により病勢の進行を食い止めたいと願う心で,治療方針を説明することになる.

変形性膝関節症の 9 割以上は,保存的に治療されている.他部位の変形性関節症と異なり,膝においての保存療法は多彩な治療手段を有することが特徴である.多様な治療方法を組み合わせることができ,その組み合わせにうまく反応するのも本疾患の特徴であろう.治療は早いほど,より功を奏するとともに,進行に対する予防的側面も期待できる.数々の治療戦略を選択できる裁量を委ねられているが,それには治療法を提示する側が責務を果たすことが前提にある.初期の対応を怠ると,患者は迂回路という代替医療に流れ,進行してから再び整形外科を受診することにもなり兼ねない.症状発現から医療機関の対応までの時間差を少なくし,早期に診断し早期に治療することが礎石である.

本書の構成を説明したい.<序幕>で,軟骨の概念,臨床に反映できる基盤情報を提供することで「ひ座」劇場「変形性膝関節症」の幕開きとした.<第二幕>で早期診断として留意すべき事象を配し,続く<第三幕>で早期治療として提供できる手段を展開した.さらに,注意を払うべき進行要因を<大詰>で押えた.加えて従来とは異なる視点での話題も挿入した.各演目が織り成して完成する劇(本書)を公演するために,見巧者な読者に応えられる役者(執筆者)が揃った.

一座高うはござりますれど,口上なもって読者の皆様に奉り申し上げます.老いとともに内包しておりまする天翔ける心を,手助けしたいと考えまして,企画する運びと相成り,ここに本書を上梓いたしまする.何れの樣には,かく賑々しくご初見を賜りまする段,どうか心行くまで,お読み下さいまするよう,各執筆者に成り代わりまして,私よりも,ひとえに,お願い申し上げ奉りまする.

広い大地を見渡すと,古代人の踏み締める足音が振動として脳の中に再現され,移動する民から伝えられた膝が,広い陸に戻される.膝が内包する天翔ける心を引き出すことができれば,役者一同,冥利に尽きるというものである.


2010年5月

井原秀俊

目次

序幕四場:変形性膝関節症を俯瞰する

謎に満ちた関節軟骨─医史学的観点より辿る

軟骨の一生を振り返る─運動器を支える気丈夫な組織

有病率の話をする

関節水症は大腿四頭筋活動を抑制する

第二幕三場:早期に診断をつける

病歴と徴候で考える

X線画像を凝視する

急性発症/急性増悪を診断する

第三幕十五場:早期に治療を開始する

陸上で歩く(ウォーキング)

水中を歩く

腰/股の機能障害を考慮して膝を訓練する

膝と肩が痛い人を訓練する

足の機能障害を考慮して膝を訓練する

足底板を物語る

装具の軽量化を図る─機能的膝装具の効果について

温熱療法を試みる

靴に一工夫する

杖をついて歩く

関節内に注射する

グルコサミン内服療法を話題にする─最近のエビデンスと基礎研究

漢方薬を使ってみる

外側型膝関節症を考える─病態と病因および治療法

膝蓋大腿関節症を治療する

大詰三場:増悪因子を探る

X線画像の視点で考える

肥満の視点で考える

力学的因子の視点から考える─膝内転モーメントを用いた動的評価

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書籍情報

  • ISBN:9784881170533
  • ページ数:191頁
  • 書籍発行日:2010年5月
  • 電子版発売日:2014年5月16日
  • 判:B5判
  • 種別:eBook版 → 詳細はこちら
  • 同時利用可能端末数:3

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