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シリーズ生命倫理学 第20巻 生命倫理のフロンティア

粟屋 剛, 金森 修 (責任編集)

丸善出版 株式会社

230 頁  (2013年1月)

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本巻は生命倫理学の思想的、かつ哲学的な捉え直しを試みるという意味で、問題設定の視座が広い。全部で11本の論攷からなっているが、例えば、尊厳概念のような基底概念への目配り、日本文化や経済学など異分野との繋がりを通してみた時の捉え直し、あるいは広く文明論的視座に立った時の生命倫理の定位など、そのいずれもが独自の観点から、いまや通常学問化しつつある生命倫理学に対峙して、今後の生命倫理学の全学問分野における位置価の拡大と深化に繋がる問題群が提示されている。

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本巻は生命倫理学の思想的、かつ哲学的な捉え直しを試みるという意味で、問題設定の視座が広い。全部で11本の論攷からなっているが、例えば、尊厳概念のような基底概念への目配り、日本文化や経済学など異分野との繋がりを通してみた時の捉え直し、あるいは広く文明論的視座に立った時の生命倫理の定位など、そのいずれもが独自の観点から、いまや通常学問化しつつある生命倫理学に対峙して、今後の生命倫理学の全学問分野における位置価の拡大と深化に繋がる問題群が提示されている。


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緒 言

本巻,第20 巻はこの叢書の掉尾を飾るものであり,第1 巻緒言での予告にもある通り,第3 巻から第19 巻という,個別具体的問題についての各論的色彩の強いものに比べて,第1 巻と第2 巻という,生命倫理の基盤的背景に踏み込もうとした最初の2 巻と,より密接に繋がる性質をもっている.第20 巻は生命倫理学の思想的,かつ哲学的な捉え直しを試みるという意味で,問題設定の視座が広い.その分,構想はラフで荒削りなものになることもあるが,ある種の視座の設定という行為が孕む可能性の領域を透視できれば,その荒削りさは必ずしも欠点ではないということが理解されるはずである.第1 巻緒言で今井道夫氏と森下直貴氏が簡潔,かつ適切に形容しているように,各論を挟んで,それは最初の2 巻と円環的に繋がっている.叢書全体は,いわば思想的課題設定を試みた諸論攷によって,両側から挟まれるような姿になっており,全体として,一つの統合的な性格を帯びている.

本巻は,全部で11 本の論攷からなっているが,そのいずれもが独自の観点から,いまや通常学問化しつつある生命倫理学に対峙して,その現状がもつある種の傾向性を憂いたり,基底概念への疑義提示を試みたりなどという姿勢をとろうとしている.

第1章は,いまや実務化し,見方によっては〈事務化〉しつつある生命倫理的活動の総体を傍らにみて,その種の事実的調整の位相から若干乖離した場面に議論場を設定しようと試みる.具体的には,現代医療の中で,特に臓器移植と代理母を題材にしたフィクションを取り上げる.そして,その虚構世界が虚構性の特質を生かした若干過激な光を当てるというその特性を抽出し,そのことによって,生命倫理的な問題群が現実的調整よりもかえって露わに見えてくるという可能性を喚起している.

第2章はメタバイオエシックスという概念を提示することによって,1980 年代以降,導入が進んだ日本の生命倫理学が抱えるいくつかの問題点を意識化させようとしている.まずは,もともとアメリカ的な特性を強くもつバイオエシックスを,その個性をあたかも普遍であるかのようなスタンスで導入したことが批判的に回顧される.確かに80 年代からすでに自覚的な批判的反省は存在しなかったわけではないが,それも充分とはいえなかった.従来のバイオエシックスが,より本性的に「生命の倫理を問う」ものになるためには,いくつもの「ノン・パンセ」に眼を向けるべきだという提言は刺激的だ.

第3章は日本思想史の大家の手になる論攷である.寺田寅彦の「天然の無常」と唐木順三の無常観との列挙は,すでにそれだけで読者の興味を一気に惹きつける力をもっている.中間では「おのずから」,「みずから」というやや異質にみえる概念にも触れられるが,論攷全体を通して流れる無常概念への寄り添いは,通常の生命倫理学的言説とは異質な響きを奏で続けるものであり,この種のアプローチの中にこそ,われわれは日本型の生命倫理学の可能性をみることができるのかもしれない.

第4章は興味深い逸話から始まっている.科学者が倫理学者に期待するのは,自転車をこぐ科学者にとっての邪魔な小石を取り除くことだ,という科学者の言葉.それに触発されて,科学者の倫理が,普通人が抱える多様で複雑な倫理観を覆いうるものなのかという問題設定へと,論は移っていく.普通,科学技術の倫理的根拠は「国民の福祉」にあると理解されるが,その「国民の福祉」なるものの内容を科学者,技術者が決めることができるほど,彼らの倫理は熟考されバランスのとれたものなのだろうか.どうやらそうではなさそうだ,ということが,科学や医学などの具体的場面に触れて論じられる.自転車をこぐのは科学者かもしれない.しかしその方向設定の担い手は生命倫理学者,あるいはその背後の市民に他ならないという,古典的かつ正当的な理路によって,論攷は閉じられている.

第5章は「生存学」という構想の内実を説き起こす.特に,自己決定など,生命倫理学で重視されてきた概念と「生存学」との間にありうる齟齬について確認がなされた後,むしろより明示的に既存の生命倫理学に対する一種の違和感が述べられている.例えば伝統的にそこでは重要なものとされてきた自律性の重視という発想にしても,それがどの程度の普遍性と自明性をもつのかについて一種の不審感と違和感が表明される.「生存学」は,主題的に生命倫理学と重なる部分ももちろん多くもつが,後者とは違う眼差しを設定し,特に病者や障害者の固有な体験についての掘り下げをしていくという点で,独自性をもつという見通しとともに,論は閉じられている.

第6章は,臓器移植法改正が大詰めを迎えていた時に国会で発言をしたその内容を改めて反省し直し,そこからこの問題についての著者なりの思索の凝縮態を取り出そうとするものである.まず著者は長期脳死という現象に注目し,臓器移植の過剰な一般化に警鐘を鳴らす.特に,改正の際に論点になった提供可能年齢の低年齢化に対しては,子供が長期脳死になる可能性の無視し得ない大きさからも,支持できないという判断を提示する.そこから著者は,脳死状態の子供の体は「聖なる存在」であり,その体は,利用しようとする他者たちからそのまま守られなければならないとする「まるごとの原理」を引き出している.脳死臓器移植問題に長らく関わってきた著者の言葉であるだけに,平明だが,極めて重い言葉である.

第7章は,またかなり異なる視点からの切り口を提示している.それは経済学の視点から生命倫理問題をみるというものだ.主要な経済思想を簡潔に回顧しながら,やはり効率優先などの経済的原理に従属すれば,重要な倫理的規範と齟齬を生む可能性があることを指摘している.そして,それが医療場面では特にどのような発現形態をとるのか,それへの対抗思想としてはどのようなものがあるのかが,簡潔ながら説得的に論じられている.

第8章は,生命倫理学を基礎づける枢軸概念の中でも最も重要なものとされるものの一つ,「人間の尊厳」という概念についての批判的な再考である.この場合,いわゆるdignitas と,「生命の神聖性」(SOL)をともにカバーする広義のそれとして扱われている.そして,尊厳概念が,事実上は曖昧な定義しか受けておらず,医療現場での相互的調整の隠れ蓑のようなものとしてしか機能しないという批判がなされる.また,その概念史的な検討を通して,著者は,尊厳とはいっても,そこには多様な隠蔽や排除が隠されているという可能性を直視する.全体として一種の挑発性を孕む論攷だが,だからこそ注意深い吟味が必要となるだろう.

第9章は大局的な文明論的診断を通して,現代世界の根源的な捉え直しを試みようとする論攷である.資本主義体制というベースの下で,科学技術が生み出す新たな可能性を前にして,その可能性が一定の善性をもつと思われるとき,それが個人の欲望の対象になる.この場合,その「善性」の全体的または長期的効果が善以外の多様な問題を引き起こすとしても,それは当該の欲望充足の制動にはならない.バウマンのリキッド・モダン論などを援用しつつ,その根源的問題点を指摘した上で,著者は,それへの対処法としての自律性の意味を改めて重視し,また,社会運動としてはアルテルモンディアリスムのような興味深い抵抗様式にも注目している.構想の図柄の大きい,本巻に最も相応しい論攷の一つであるといえよう.

第10章も,第9章と似た雰囲気をもつ論攷である.構想の大きな一種の未来予想がなされている.その際の特徴は,現代文明の基礎を構成する科学が,今後衰退相に入るのではないかという仮説に基づいて行われるという点だ.それも,自然科学の高水準の知識をもつ著者ならではの仮説設定だといえる.大枠の流れの中では,科学が,その内部に倫理問題を扱うという因子を含まないという事実を背景に,科学技術が一定の目的の可能性があると見定めることなら,それは遅かれ早かれ実現される,という見通しがある.その中で特に危険な可能性として取り上げられているのは人工生命だ.さらに論攷は,構想を拡大した未来予想をする.科学は単に倫理を扱えないだけではなく,主観性を扱えない.また分析には卓越しているが,統合性に弱い.そして最後に宇宙論が予測する種の絶滅,または宇宙の死をも見据えた上で,現在をいかに生きるかが重要だという判断によって閉じられている.

第11章は,日本の生命倫理学の現状や生命倫理学者そのものに対して,ダイレクトに苦言を呈するという形のエッセイ風の論攷である.少し過激な箇所もあるが,それは著者の生命倫理への思い入れのゆえであろう.著者は,自戒と自責の念を込めてとしつつ,何の役にも立たない生命倫理に存在意義はない,とまで言い切る.内容に反発を感じる向きも多いかと思われるが,なるほどと感じさせるところも多々ある.今後の日本の生命倫理の有りようを考えさせられる論攷である.

以上,尊厳概念のような基底概念への目配り,日本文化や経済学など,異分野との繋がりを通してみた時の捉え直し,広く文明論的視座に立った時の生命倫理の定位など,多様でありながら,今後の生命倫理学の全学問分野における位置価の拡大と深化に繋がる問題群が提示されているという点で,本巻はこの叢書全体の掉尾を飾るに相応しいものだといえる.


第20巻編集委員 粟屋 剛

金森 修


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第1章 虚構に照射される生命倫理

1 事実と虚構との接触

2 臓器移植社会の虚構的近未来

3 代理母制度の虚構的侵犯

4 虚構の影の下で

第2章 メタバイオエシックス

1 「名」と「定義」

2 従来のバイオエシックス批判

3 「メタ・バイオエシックス」と「メタバイオエシックス」

4 メタバイオエシックスの構想

5 「新たなバイオエシックス」に向けて

第3章 現代無常論

1 寺田寅彦の「天然の無常」論

2 唐木順三の「無常」論の語り方

3 「おのずから」の働き

4 「みずから」の営み

5 「人間はなお荘厳である」

第4章 生命倫理学は医学医療のしもべか

1 倫理とは何か

2 科学技術の倫理

3 医学医療を支える倫理的価値

4 生命倫理学の役割

第5章 生命倫理学から生存学へ

1 それは「学問」ではない

2 すでに決着したかのような

3 しかしやはり倫理は問われる

4 別の流れを汲む別の倫理

5 それを生存学だということもできなくはない

6 いずれにせよ知り書くべきことがいくらでもある

7 発信について

第6章 まるごと成長しまるごと死んでいく自然の権利――脳死の子どもから見えてくる「生命の哲学」

1 長期脳死という状態

2 脳死の子どもからの臓器摘出

3 「聖なる存在」と「まるごとの原理」

4 「まるごとの原理」と生命倫理

5 「自然の権利」としての「まるごとの原理」

第7章 市場経済と生命倫理

1 市場理論の系譜

2 市場経済の前提

3 「効率」がもたらす弊害

4 「自己決定権」の限界

5 経済と倫理・市場と社会

第8章 「尊厳」概念再考

1 「生命の尊厳(SOL)」と「生命の質(QOL)」 

2 現代的尊厳概念の確立と死の再定義

3 尊厳概念の歴史とその展開

4 尊厳の平等化

5 人類史における「尊厳」概念の萌芽

6 尊厳概念成立とその言語象徴化

第9章 欲望の爆発は防げるか?

1 なぜ、欲望は爆発するのか?

2 欲望の爆発は人間を幸福にするか?

3 欲望の爆発は防げるか?

第10章 人類の未来

1 科学文明のゆくえ

2 ナノテクノロジーとバイオテクノロジー

3 「分子職人」としての人工タンパク質

4 変化する倫理観

5 拡大しすぎた知の地平

6 科学の限界と技術水準の低下

7 人工生命の脅威と新生代の終焉

8 科学の三つの弱点

第11章 生命倫理に何ができるか――その現状と未来に関する覚え書き

1 生命倫理は御用学か

2 生命倫理は実学か

3 「生命倫理=医療倫理」か

4 生命倫理に正義はあるか

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