企画にあたって

佐野元昭（慶應義塾大学医学部循環器内科）

新しい診断技術，治療薬の誕生はその学問領域の発展に繋がる。心アミロイドーシスも例外ではない。99mTc-PYPシンチグラフィをはじめとした骨シンチグラフィが心臓に蓄積したアミロイドの検出に有効であることが示され，トランスサイレチン心アミロイドーシスに対してトランスサイレチン4量体安定化薬ビンダケル®（一般名：タファミジスメグルミン）が予後を改善するphase Ⅲ臨床試験ATTR-ACTの結果が発表されたことから，「骨シンチグラフィによる非侵襲的なスクリーニング検査→ビンダケル® 投薬による治療」というスキームが提案され，治療可能な心筋症がまた１つ誕生したと大いに注目された。

ところが，このスキームが学術的観点と医療経済的視点から議論の的となった。ビンダケル® はこれまで，希少疾患である遺伝性トランスサイレチン（変異型）アミロイドーシスの末梢神経障害の進行抑制に対してのみ使用され，投与患者も限られていた。これが「トランスサイレチン心アミロイドーシス（野生型および変異型）」の効能追加の際に，新たに追加される効能は既存効能よりもきわめて多数の患者に使用される可能性があり，用量も4倍になることや１剤あたりの薬価も非常に高額であることから，厚生労働省保険局は，ビンダケル® の適正使用に関する患者要件を以下のように発出した。まず，ビンダケル® の処方の対象とすべき患者はATTR-ACT試験（N Engl J Med. 2018；379（11）：1007-1016）で定められた患者組み入れ基準に準ずることが定められた。すなわち，トランスサイレチン心アミロイドーシスによって，心不全による入院歴または利尿薬の投与を含む治療を必要とする心不全症状を有する患者に限定された（初回投与においてはNYHA Ⅳ度の患者は適応外）。トランスサイレチン心アミロイドーシスの診断には，Step 1として組織にアミロイドが沈着していることの証明（心筋生検，もしくは，腹壁脂肪吸引，皮膚生検，消化管生検，口唇生検などでコンゴーレッド染色陽性，偏光顕微鏡下でアップルグリーン色の複屈折を認める。腹壁脂肪吸引生検，皮膚生検，消化管生検，口唇生検等の心臓以外の組織でアミロイドが検出されない場合，心筋生検を積極的に検討する。），Step 2としてアミロイドの病型診断（前駆体蛋白質の同定and/or心筋症症状および心筋症と関連するトランスサイレチン遺伝子変異の同定）を行う。トランスサイレチン前駆蛋白を同定する方法として，治験の選択基準のうち99mTc-PYPシンチグラフィは，現在保険上認められていないため，99mTc-PYPシンチグラフィ単独での診断は不可とする。Step 3として，トランスサイレチンアミロイドの心臓への蓄積の結果，心筋症を呈していることの証明が必須項目として定められた。そのうえ，ビンダケル® の使用に際して，「最新のガイドラインを参照し，トランスサイレチンアミロイドーシスの診断が確定していることを確認すること」，「トランスサイレチンアミロイドーシスの診断および治療に精通した医師のもとで，本剤の投与が適切と判断される症例に使用すること」との勧告もなされた。これに応じて，日本循環器学会は，心アミロイドーシス調査研究ワーキンググループを設定し，トランスサイレチン心アミロイドーシス症例に対して，ビンダケル® が適正に使用されるために，施設要件，医師要件を定め，これらのすべての要件が満たされることをビンダケル® 投与導入の条件とした。また，適正使用が継続的に行われていることを確認・担保すると同時にわが国におけるトランスサイレチン心アミロイドーシスの疫学情報を収集するために，全例登録を行うことを義務化し，そのためのシステム構築を進めている。トランスサイレチン前駆蛋白を同定する方法として，99mTc-PYPシンチグラフィが保険上認められるように厚生労働省に働きかけている。これと並行して，心アミロイドーシスの診療ガイドラインが，高知大学北岡裕章先生の統括のもと，厚生労働省難治性疾患政策研究事業「アミロイドーシスの関する調査研究班」（班長：福井大学内木宏延先生）との議論の末に刷新された。

本特集をとおして，トランスサイレチン心アミロイドーシスの診断から治療の流れにおいて，今後，解決しなければならないさまざまな課題を理解していただければ幸いである。

最後になりましたが，この重要な課題の企画編集者として指名してくださった編集委員の先生方，大変ご多忙ななか，素晴らしい原稿を準備してくださった執筆者の先生方にこの場をお借りして厚く御礼申し上げます。